優秀なことよりも大事なもの

公開日: 2018/08/09 ダラダラと駄文

生き残ることについてよくかんがえてる


どこまでいっても殺伐とした現代ですが、そんな日常でも実際に血まみれの人が目の前で息絶えたりするって光景を見たことないですね。

でもお金が回らなくって似たような状態におちいってる人は割とみたりする。目の前でお金がなくなって詰んでいるひとってのはよく見る。

最近よく感じてるのは、その状態に陥ってる人はわりかし「自分よりも優秀」ってことはよくある。
これは能力のバランスをどう振り分けてるのかの問題だともう。

例えば企業に所属してもどう評価とか、能力評価についての正当なモデルがなかなかできてないからなんかじゃないかな。

本当は各役割が真っ当なように動いたらなんてことがないことなんだけど、実際は上手くいったことなんて希少な事実だよ。
だから企業はどこまでも努力しているし、未だ完成していないモデルの欠陥によって発生した被害者が、居酒屋でクダまくサラリーマンが大量発生するんだと思うよ。未成熟な世の中だ。

理不尽な現実を生きていくために僕らが心構えを再設定することについて


どんなに自分が頑張っても評価されることは確率が悪い
どんなに頑張っても素晴らしい人生が送れる確率はそんなにない。
でも愛した人を幸せにしたい!一緒に笑って時間を過ごしたい生きたい。それは可能なら偶然と思えるような確率でしかないとしても…でも実現したい。

そのことにがむしゃらに挑戦していきたい。

そんなことを感じる人いは多いと思う。オレだってそんな一人だ!

お金を稼ぐことと社会や家族と人生をどう送っていくかを分けてみる


どこまでいっても生活をするためには現代ではお金は必要
お金は腐らないし使い方によってはとても優秀だと思うよ。それだけじゃない、その先があるような気がする。

だからどこまでもお金を稼ぐことに注力したらどうだろう?自分が身を粉にして稼ぐことに意識を集中してみてはどうだろう?そしたら大切に思ってる人たちを幸せにできるんだろうか?自分がこの行動基準で体壊しても、守れるものが無事守れたのならいいような気もするし、残された人たちはそれでもいいような感じもする。

オレはわからないけど。

けど、「生きものでくくれてるオレも子孫を残せるならアリかな?」とは感じてるんだけどね、自覚するのは怖いよね。

いろんな価値観が絡まっている現代をどう解いていくか?問題


わからないどこまで考えてもわからない、でも自分なりの答えを見つけてその答えを試して試行錯誤したりして生きていかなくてはならない現実が目の前にあらわれてるってのが僕たちの毎日だ。

そこに答えがなくってもだ。現実はあまりにも残酷だと思う。

生きていくと毎日課題はあらわれる。そして課題を克服するための明日が向こうにみえる


若い人はそんなことを想像することなんてないだろう、でも年老いていくほどこれは現実にあらわれるんだよ。

年齢を重ねるごとに、経験を積むたびに「課題は明確に目の前にあらわれる」そして「記憶力の欠如がそれを実現することを困難にする」

でも立ち向かわなくてはならない、自覚していてもいなくてもね。

目の前に出てきた課題と最適化した回答の罠


優秀とは言えない人でも最適化して環境に合わせると生き残れるってのは現実に起こっていることだ。これが生き残りの最適解だと思う。それは正解でもあり不正解でもある。

そう再設定しよう最適解をつきつめよう

でも本当は優秀であることなんだよ。わかってもここをクリアしないとホントに生き残れないと思ってる。
ここがムズイ わからん
正解じゃないかもしれないことであっても突き進むしかない。そして転んでたち上がるってことで先が見えてくると信じる。

そうなんだ、優秀なことよりも大事なことそれは「適所適材」して成果を積み上げ家族を守ることなんだと思う。

バビロンの大富豪  「繁栄と富と幸福」はいかにして築かれるのか
ジョージ・S・クレイソン
パンローリング (2013-11-01)
売り上げランキング: 174,191